東京地方裁判所 平成9年(ワ)25503号 判決 1998年8月26日
原告
三和ビジネスクレジット株式会社
右代表者代表取締役
清水庸介
右訴訟代理人弁護士
小沢征行
同
秋山泰夫
同
香月裕爾
同
露木琢磨
同
宮本正行
同
吉岡浩一
同
北村康央
同
小野孝明
同
安部智也
被告
株式会社美浜
右代表者代表取締役
富山君雄
右訴訟代理人弁護士
中野公夫
同
藤本健子
主文
一 有限会社オフィス・ワンと被告との間において、有限会社オフィス・ワンが別紙物件目録記載の土地につき賃借権を有することを確認する。
二 訴訟費用は、被告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
主文と同旨
第二 事案の概要
一 本件は、借地人が、地代の支払を遅滞し、地主である被告から借地契約を解除されたことに関し、右土地上の借地人所有建物の抵当権者である原告が、借地人に代位して、右解除の無効を主張して、借地権の確認を請求するものである。
二 前提となる事実等
1 有限会社オフィス・ワン(以下「オフィス・ワン」という。)は、平成二年六月一一日、松原忠治郎との間で、同人が所有する別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を右同日から平成二二年六月一〇日まで、賃料一か月一三万七〇〇〇円で賃借する旨の賃貸借契約(乙第六号証)を締結するとともに、本件土地上に存在する同人所有の建物(以下「本件建物」という。)を買い受けた。
2 原告は、平成二年六月一一日、オフィス・ワンとの間で、オフィス・ワンに対する七億二〇〇〇万円の貸金返還請求権を担保するため、本件建物につき抵当権設定契約を締結した。
その際、松原忠治郎は、原告に対し、地代支払いの遅滞などの理由により本件借地契約を解除しようとする場合は、予め原告に通知する旨約し、その旨の承諾書を差し入れた(甲第一号証)。
3 松原忠治郎は平成九年四月ころ死亡し、本件土地の所有権は、相続人の松原ハツエに承継され、更に、松原ハツエは、同年六月二六日、被告に対し、本件土地を売却したので(乙第九号証の一、二)、これに伴い、被告は、同年七月一〇日、オフィス・ワンと原告に対し、それぞれ本件土地の賃貸人の地位を承継したことを通知した(乙第一及び第五号証の各一、二)。
4 被告は、オフィス・ワンが地代の支払を怠ったため、平成九年一〇月二一日、オフィス・ワンに対し、同年八月分から一〇月分までの未払地代四一万一〇〇〇円を支払うよう書面で催告したが(乙第二号証の一、二)、支払がされないので、同年一一月一一日、本件土地賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした(乙第三号証の一、二)。
5 なお、本件建物については、前記抵当権の実行としての不動産競売事件(東京地方裁判所平成五年(ケ)第一一九〇号)が係属しており、被告は、平成九年一一月一八日、同事件において、執行裁判所に対し、地代不払いを理由として本件借地契約を解除した旨の上申書を提出した(乙第四号証)。
6 原告は、右不動産競売事件において、平成七年二月二〇日、地代代払許可決定を得ているところ、被告の右上申書提出の後、平成九年一一月二一日、同年八月分から一〇月分の未払地代及び損害金を供託し、更に、同月二五日、同年一二月分の地代を供託した。
三 争点
本件解除は、権利の濫用等の理由により、無効であるか。
四 争点に関する主張
1 原告
(一) 松原忠治郎は、原告に差し入れた承諾書に基づき、本件借地契約を解除する場合には、抵当権者たる原告に予めその旨を通知する法的義務を負っていたものであり、当該義務は、賃借人の地位の移転に伴い、新賃貸人である被告に承継された。
仮に、そうでないとしても、被告代表者は、松原ハツエの親族らの意向を受けて、地代の代払について、原告との交渉に積極的かつ主導的に関与し、原告に未払地代の代払を行わせたこと、その後被告が自ら本件土地所有者となっていること、被告は不動産業者であり、不動産取引に精通し、本件承諾書の存在を当然予期していたと考えられること等の事情に照らすと、被告は原告に対し信義則上前記内容の通知義務を負うと解すべきである。
よって、原告に対する事前の通知を欠いてされた本件賃貸借契約の解除は無効である。
(二) 被告代表者は、前述のとおり、原告との積極的な交渉を通じて、未払地代の代払を行わせており、賃借人であるオフィス・ワンからの賃料の支払が期待できない状況にあることを熟知していたが、原告に対し、今後の賃料の支払につき、これが円滑に行われるように振込の依頼をするなどの協力的対応をせず、逆に本件土地の売買の内容を秘匿するなど不誠実な対応に終始したこと、その後、被告から原告に対する地代代払の要望は一切なかったこと、原告に対する事前の連絡なく、一方的にオフィス・ワンに対し本件賃貸借契約の解除の意思表示がされたこと、その上で、本件建物の不動産競売事件において、右解除の事実につき執行裁判所に手際よく上申書を提出していること等の諸事情にかんがみると、被告は、そもそも当初から地代を受領する意思はなく、本件建物についての不動産競売手続の妨害を企図して、オフィス・ワンの賃料不払いの状態が三か月に及んだことを奇貨として、本件賃貸借契約の解除の意思表示をしたものというべきであって、地代の延滞期間がわずか三か月にすぎず、それ以外に信頼関係を破壊するような事情がないこと、本件土地の売買金額は一六〇〇万円と低額であり、被告も、本件建物のために賃借権が設定されている土地であることを前提にして、本件土地を購入していることも考慮すると、被告の行った解除の意思表示は解除権の濫用として無効である。
2 被告
(一) 被告は、原告主張の承諾書の存在を知らされておらず、本件では、むしろ原告において、被告に対し、積極的に地代の代払を行うべきであった。
(二) 被告代表者は、平成九年四月頃、松原ハツエから、地代が四年以上、金額にして、七五〇万円以上も未払になっていて困っている旨の相談を受けたことから、原告の担当者に面談交渉した結果、右未払地代の代払が行われたのであって、原告は、地代代払許可決定による利益を放棄していたに等しい。
(三) 被告は、松原ハツエから本件土地を買い受けた際、賃貸人の地位を承継したことを二回にわたりオフィス・ワンに通知したほか、原告に対しても、同年七月一〇日に書面で通知するとともに、その頃原告担当者に電話でその旨連絡している。
このように、被告は、原告に対し、地代の代払の機会を与えているにもかかわらず、原告は、被告が執行裁判所に対して本件賃貸借契約を解除した旨の上申書を提出した後に至り、初めて被告に代払の申出をしたにすぎず(なお、被告は、解除の意思表示をしていることを理由に代払の受領を拒絶した。)、それ以前には代払の意思はなかったものと考えられる。
第三 争点に対する判断
一 松原忠治郎が原告に差し入れた承諾書(甲第一号証)には、本件土地の賃借人オフィス・ワンが地上建物を原告に担保として差し入れることを了承し、抵当権実行等の場合には、適正な名義書替料の受領を条件に、建物買取人に土地賃借権を認める旨の条項とともに、「地代の延滞などの理由により、契約を解除しようとする場合は、予め貴社に通知します。」との条項が明記されているから、これによって、土地の賃貸人である右松原は、原告に対し、本件賃貸借契約の解除に際し、その旨事前に通知するとの法的義務を負担するに至ったものというべきである。そして、この義務は、土地賃貸人の地位にある者が、地上の建物とともにその敷地に係る借地権の価値を担保として把握し、それゆえ借地権の帰趨について重大な利害関係を有するに至った当該建物の抵当権者に対して、負担するものであるから、土地の賃貸借契約と密接な関連を有し、当該契約に係る賃貸人の地位の移転に伴い、当然新賃貸人に承継されるものと解すべきである。そうすると、本件においては、賃貸人の地位は、最終的に被告に移転したから、被告は原告に対し、右事前通知義務を負担するに至ったものである。
もっとも、原告は、本件賃貸借契約の解除は、右事前通知義務を遵守せずに行われたので、無効であると主張するが、右事前通知義務は、あくまで土地賃貸人と地上建物の抵当権者との関係において認められるものであって、土地賃貸借契約の当事者間のものではないから、抵当権者に対する事前通知を欠いたままでされた土地賃貸借契約の解除が、すべての場合において、その一事をもって直ちに無効ということはできない。したがって、右原告の主張は採用できない。
二 そこで、本件解除が権利の濫用として無効であるかについて、判断する。
1 前記の前提事実等に甲第三号証(原告担当者三谷崇の陳述書)、乙第八号証(被告代表者の報告書)及び弁論の全趣旨を総合すると、本件解除に至る経緯について、以下の事実が認められる。
(一) 平成九年二月一三日、原告担当者三谷崇(以下「三谷」という。)が、本件建物の競売事件の処理等に関して、本件土地の所有者である松原忠治郎方を訪問し、実質的に管理の任に当たっている同人の三女である松原弘子と面談し、本件建物の購入等を勧めたところ、資金不足のためその予定はないこと、未払地代があるが、新しく建物を購入した者に払ってもらうつもりであること、などの話があった。
(二) その後、同年四月三〇日、被告代表者から三谷に対し、本件建物の件で話し合いたいとの申出があり、五月七日、三谷と被告代表者、松原弘子らが面談したところ、被告代表者から、地代が未払であること、原告は地代の代払許可を取っているが、代払していないとの指摘がされた。これに対し、三谷は、原告として代払を考えているが、まず、地主からオフィス・ワンに催告書を出してほしいとの要望を行い、了承された。
(三) 同年五月一五日、被告代表者が、原告会社を来訪し、松原ハツエからオフィス・ワンに宛てた催告書(乙第七号証の一)の写しを持参し、原告に地代の代払を求めたので、原告は、松原ハツエ名義の預金口座の開設を求めた上、同月二二日、未払地代七三九万八〇〇〇円を代払し、引き続き六月二日に六月分地代、七月一日に七月分地代、各一三万七〇〇〇円を同預金口座に振り込んで支払った。
(四) その後、同年七月九日、被告代表者から被告が本件土地を買い取った旨の連絡がされたので、三谷は、被告代表者に対し、売買契約書の写しの提供を要求したが、断られた。また、松原弘子にも、同旨の要求をしたが、被告代表者から教えなくてよい旨の助言があったとして、やはり断られ、原告として、売買に関する正確な情報を入手することができなかった。
(五) そして、その後被告から原告に対し何の連絡もないまま、被告は、オフィス・ワンに対して、本件解除の意思表示を行い、更に、執行裁判所に対し、その旨の上申書を提出した。
2 以上の事実を前提に、以下検討する。
借地権付建物の抵当権者は、その担保価値としては、建物自体の価格よりも借地権価格の比重が圧倒的に高いことから、借地権の保全に最大の関心を有しており、それゆえ、抵当権設定者たる土地賃借人が地代を滞納している場合には、建物の競売事件において地代代払許可を受けるなどして、滞納地代を代払し、土地賃貸借契約が解除される事態を防止し、借地権の保全を図ろうとするのが通例のことと考えられる。現に本件においても、本件建物の競売事件において地代代払許可を受けている原告は、平成九年五月分までの未払地代として七三九万余円にものぼる金員のほか、これに続く六月分及び七月分の地代についても代払をしているのである。これを土地の賃貸人の立場からみると、賃借人が地代を滞納していても、賃貸借契約の解除に進む前に、事前に抵当権者に連絡をすれば、ほぼ確実に滞納地代の代払が受けられる状況にあるといえる。ことに、本件においては、被告代表者は、本件土地の元所有者の松原忠治郎、あるいはその相続人の松原ハツエの代理人として、地代代払について、原告との交渉に当たっており、原告による前記代払の事実を知悉しているところ、本件解除の理由となった平成九年八月分から一〇月分の滞納地代は、右代払に係る地代に引き続き発生したものであり、従前の交渉の経緯に照らし、この滞納分についても、原告に代払を求めさえすれば、確実に代払されることが容易に認識され、しかも、それを求めることについて不相応の費用を要するといった困難は全く考えられないが、にもかかわらず、被告は、本件解除に先立って、原告に滞納地代の代払を打診するなど、これを促す行為には全く出ていない。なるほど、原告は、従来の経緯に照らし、オフィス・ワンが無資力であって、地代の自発的な支払が期待できない状況にあることを十分認識できたのであるから、自ら積極的かつ迅速に地代代払の措置を講ずべきであったといえなくもないが、本件土地の買受人で、かつ、賃貸人の地位を承継したとして通告のあった被告の代表者が、その直近の時期において、地主の代理人として原告との間で地代代払の交渉に当たっていた者であることからすると、右通告を受けた原告において、被告が真実賃貸人の地位を承継したのかについて疑問を持ち、その点を確認すべく売買契約書等の資料を要求したことには無理からぬ面があり、しかも、被告らの非協力的態度によってその確認ができないまま、時が経過し本件解除に至ったものと推認されることからすると、原告が前述のような的確な対応をとれなかったことについて、徒に拱手傍観していたものとしてこれを責めることは相当でない。そして、本件解除後時を置かずに、被告から執行裁判所に対して、その旨の上申書が提出されていることからは、被告において、当初から本件建物に関する競売事件の帰趨を視野に入れて、一連の行動をとっていたものとみることができる。
以上の点からすると、被告は、本件土地を売買によって取得し、賃貸人の地位を承継したものの、賃貸借契約の存続を前提として、地代の徴収を行おうとする意図はなく、もっぱら、所有の建物について不動産競売が開始され、借地権の保全に熱意と関心の薄れた賃借人の三か月間にわたる地代の滞納を待って、抵当権の担保価値として重要な部分を占める借地権を失わせ、もって、抵当権者に打撃を与える目的をもって本件解除を行ったものとみるほかない。そして、被告は、本件賃貸借契約が存在することを当然の前提として、本件土地をいわゆる底地としての対価をもって取得したものと推認できること、被告とオフィス・ワンとの間に、三か月分の地代の滞納のほかは、両者の信頼関係を破壊するような事情は窺えないこと、その滞納地代も、被告が執行裁判所に上申書を提出した直後に、原告が代わって供託していることなどの事情を総合考慮し、さらに、前述のように、本件において、被告は原告に対し事前通知義務を負っているとみられることも勘案すると、本件解除は、権利の濫用に該当し、無効というべきである。
3 以上にれば、無資力であることが明らかなオフィス・ワンに代位して、本件土地に係る賃貸権の確認を求める原告の請求は理由がある。
(裁判官山﨑敏充)
別紙物件目録<省略>